私の考え

今こそ政治主導(2011年7月1日)

 私は、二十数年前、西洋に追いつき追い越せの時代が終わり、日本自らの力と知恵で新しい我が国の姿を描く歴史上一番やりがいのある時代に入ったと肝に銘じていました。そして、自民党をはじめ日本の政党が国家ビジョンを競って国民に示すための小選挙区制導入を基本とする政治改革の実現に全力を尽くしました。この国家ビジョンを実現するには、強いリーダーシップによる「本物の政治主導」が絶対必要不可欠なのです。
政治家は、新しい国家ビジョンを描き、優秀な専門家である官僚を国民の為に使いこなし、縦割りの官僚組織を総合的に調整し、新たな基本的な政策を作り、これを断行しなければなりません。国民の考えを取り入れ、官僚の示す考え方も十分に参考にしながら、政治家自身が責任をとってリーダーシップを発揮することこそが、正に政治主導なのだと思うのです。

  今の民主党政権は、政治指導を誤り、官僚を単に排斥し、やたらに組織を立ち上げ指示を乱発するだけですから、官僚は口をつぐみ、自ら提案もせず、言われた事だけを実行するという公務員のモラル低下と混乱を生んでいます。これでは、日本の将来を切り開くことはもちろん、この度の大震災の国難を乗り越えることもできないと私は思うのです。

 

■官僚の限界と大転換期の政治家の責任

 元来、権限が分掌され組織化されている官僚は、自らの権限を超えて問題を解決できないし、他の課や局、他省庁の責任には口をだそうとしないものです。また、現在の制度や決まりの延長線上の範囲でしか答えをだせません。また、自らの部署に不利益になることや過去を否定されたり、責任を問われる事には抵抗しがちです。だから国家ビジョンや新たな基本政策の立案など大きな構想や各省庁にまたがって総合的に問題を解決しなければならない課題を、官僚に求めても適切な答えがかえってきません。西洋に追いつけと国家の目標がはっきりしていた時代は、官僚に陳情し、依存しても、官僚は優秀な専門性や能力を発揮して答えをだすことができたのですが、日本から国の目標が消えた時からは、政治家自らが、時代にふさわしい日本の国家ビジョンと国家戦略を立案し、各省庁の官僚を調整し、国家の経営を実行する責任を負わねばならなくなりました。これこそ、本物の政治主導が必要な所以です。

  政治家は、改革の方向性や理念を示し、反対意見も含め広く各方面の意見をよく聞き問題を整理し、何が国民の利益に叶い国益に沿う政策なのかを考え、優秀な能力を持つ官僚の意見も参考にして、最終的に自己の見識に基づき決断しその決断に全責任を負わなければなりません。


 詳しくは、私の著書「政治主導の時代」を読んで下さい。

 北康利との対談記事「保岡興治が語る!『政治主導』の原点」もご覧ください。

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