犯罪被害者を救え!
わたしが、法務大臣を務めた平成12年10月11日、現在「全国犯罪被害者の会(あすの会)」代表幹事をされている岡村勲弁護士が、法務大臣室を訪れ、被害者の権利と被害回復制度の確立などを求めた要望書を、わたしに手渡されました。岡村弁護士は事件の逆恨みで襲われ、奥様を亡くされた悲痛な体験の持ち主で、「犯罪被害者に対する司法の支援策や制度は、あまりに不十分だ」と、政府に早急に対策をとることを要請されました。わたしは、岡村弁護士らの「加害者の人権ばかりが守られている」との訴えに肯きました。これをきっかけに、わたしは犯罪被害者等基本法の成立に向けて努力することになります。
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平成15年7月、岡村弁護士から依頼され、杉浦正健官房副長官と一緒に小泉総理を官邸にお訪ねし、犯罪被害者の現実を訴えました。わたしは総理に、「総合的な支援策をつくらなければ、岡村さんたちの要望はかなえられません。ぜひ、内閣に司令塔を置いて、政府と党が一体して取り組むよう指示してください」とお話しました。小泉総理は「(犯罪被害者のおかれている立場は)そんなにひどいのか。いままで放置してきたことが問題だ。政府と党で協力して取り組もう」と明言され、政府・与党あげての犯罪被害者基本法への大きなステップとなりました。
翌年の平成16年2月から党の司法制度調査会において取り組みを始めました。司法制度改革と同様に、会議の場をマスコミにオープンにし、犯罪被害者やその遺族の方々にも参加していただいて検討を始めました。六回の議論を経て、犯罪被害者等基本法案をつくり上げ、異例の速さによる議員立法で国会に提出し、その年の12月1日に同法案は可決・成立しました。
この法案は、わが国の刑事裁判のあり方を根本から変える歴史的な法案と評されています。司法はこれまで、そもそも犯罪被害者やその家族を裁判の当事者として扱わず、岡村弁護士の言葉を借りれば「裁判の蚊帳の外」で犯罪を認定するひとつの証拠にすぎなかったのです。それを若手を中心とした同僚議員が、政治主導の議員立法による基本法を成立させ、いっきに総合的・体系的な政策で立案し、はっきりと犯罪被害者の個人の尊厳を尊重し、それに相応しい処遇を保障したことの意義はきわめて大きいと思います。
現憲法には犯罪被害者や被告人など加害者の人権保障は109か条もありますが、犯罪被害者に関する条文はありません。そこで、21世紀の刑事司法の根幹を見直す歴史的な意義を明確にするために、わたしたちは、基本法成立の翌年の11月15日、自民党新憲法草案に、犯罪被害者の権利を明記することを強く主張しました。基本法ができたのだから憲法草案に書く必要はないのではないかという意見に対し、わたしは「わが党の憲法草案に明記することによって、刑事司法のあり方の基本的な考え方を転換し、今後の犯罪被害者のための個別の法律の整備や運用に大きな力になる」と主張したのです。
それは草案の第25条の3項に「犯罪被害者は、その尊厳にふさわしい処遇を受ける権利を有する」と規定され、知的財産権と同様に、これに対しても関係者から画期的なことと驚きと喜びの声が届きました。その後、基本法に基づいて犯罪被害者等基本計画が閣議決定され、犯罪被害者への財政支援や、裁判への参加が可能となる法律の制定など、着実に犯罪被害者の権利が保障されるようになっています。
飲酒運転を撲滅せよ!
私が法務大臣を務めていた平成12年11月24日、無謀運転の暴走車による交通事故でご子息を亡くされた鈴木共子さんをはじめとする遺族の方々が、大臣室を訪れ、罰則の見直しを求められました。遺族の方々は「いまのままでは、あまりに軽すぎる。かたちを変えた殺人ではないか。もっと重くしなければ事故は減らない」と刑罰の引き上げを求める、一六万人を超える署名簿を携えて来られました。
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わたしは、鈴木さんたちに「最愛の方を亡くされた皆さまのお気持ちはよくわかります。ご要望にお応えできるよう、政府として最大限努力いたします」と約束しました。その後、法務省と警察庁に罰則を引き上げる方向で検討させ、一週間後、記者会見で、政府として悪質で危険な運転への罰則強化のあり方を検討すると明言しました。
わたしはその後、法務大臣を辞任してからも、鈴木さんら遺族の訴えを実現するため、節目節目で法務省や警察庁などと協議しながら努力を続けました。
飲酒運転については、平成13年に道路交通法改正による飲酒運転の罰則引き上げと、刑法に危険運転致死傷罪が新設されました。また平成19年に道路交通法が再度改正され、飲酒運転の罰則と救護義務違反(ひき逃げ)の罰則の引き上げが実施され、刑法には自動車運転過失致死傷罪という厳しい法律ができました。
ハンセン病控訴断念の舞台裏
平成13月5月25日、小泉内閣はハンセン病訴訟の控訴断念による政府声明を閣議決定しました。実はこのとき、わたしは、政治家になった当時からハンセン病患者問題とかかわったこともあり、「これ以上、政府の不作為によって、ハンセン病患者を苦しめることは出来ない」と考え、政府の控訴断念の決断を促すとともに、それに伴って政府の立場を尊重するための声明の発表をするように勧めました。
そして、連日、小泉首相、福田官房長官、党幹部、法務省幹部、厚生労働省幹部を懸命に説得し、小泉首相の控訴断念の決断につながりました。もちろん、私以外にも同じような考えを持っていた政治家や官僚がおり、原告団の有志との深い連携もあったからこそこそ実現できたと思います。
C型肝炎の患者救済の舞台裏
平成19年12月、舛添厚生労働大臣とC型肝炎患者団体関係者に極秘に接触し、政府の救済策の落としどころを探ります。また、福田首相とも常に携帯電話で連絡を取り合いながら、ハンセン病の時と同じように政府に決断してもらおうと法務省幹部、厚生労働省幹部を懸命に説得しますが、交渉は難航しました。結果的に、政府の決定ではなく、議員立法で救済が実現しましたが、私が交渉してきた内容がベースになったようでほぼ同じでした。
患者さんもお医者さんも安心して治療に集中できる制度を!
今、産科医や小児科医の不足が大きな社会問題になっています。この背景には、お医者さんが、医療事故による訴訟を受けるリスクが高まっていることが挙げられます。お医者さんとしては一生懸命に患者のために手術をしても、意図せぬ事故は起きるものです。
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図:医療安全委員会設置法(案)

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現行の医療事故に関する問題解決の制度では、医療事故が起きた場合に、病院はすぐに警察に届出をしなくてはいけません。警察はその事故が刑事事件になるかどうか、起訴か不起訴かをすぐに判断しなければなりません。しかし、医療技術が急速に進歩し、様々な治療法がおこなれる中、専門知識が乏しい警察が中心となった調査が行われると、医者の責任が問われてしまうリスクが大きいのです。
そこで、新たに「医療安全調査委員会」を設置して、専門性の高い医療関係者を中心とした調査を行い、その報告をこの委員会で判断し、警察に通知したり、行政処分にしたりする制度にします。
この新しい制度を構築するにあたり、厚生労働省、法務省、警察庁にまたがる複雑な問題で、省庁間の調整だけでは答えの出ないのは明らかでしたので政治主導で課題を整理してきました。この制度が実現すれば、産科医、小児科の医師不足の問題解消にもつながると確信しています。一刻も早くこの制度の法律を成立させるつもりです。
(※医療安全委員会設置法(案)については、図をご参照下さい。)
お年寄りの突然死などの「死因究明制度」が必要!
先日、女優の大原麗子さんが自宅で亡くなっているのが発見されましたが、近年、このような高齢者の一人暮らしによる不自然死や原因不明の死亡者が増え、昨年は16万人弱にも及んでいます。ところが、その死因を究明する上で必要な司法解剖と病理解剖を担う解剖医は全国でも120人程度しかおらず、変死体の僅か3.8%に止まっている。解剖率の引き上げが求められています。
「異常死死因究明議員連盟」の会長である私は、死因究明の解剖率を高めるため、解剖医の増員など抜本的制度改革を求める政策提言をとりまとめました。「医療安全調査委員会」の確立とともに、異常死の死因究明は車の両輪用に必要なものです。