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『官界』97年12月号インタビューより
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自民党・司法制度特別調査会会長 保岡興治氏が語る司法改革
1939年(昭和14)年5月11日生まれ、鹿児島県出身・中大法学部卒。64年司法試験合格(司法修習19期)、67年鹿児島地裁裁判官となる。72年衆議院選挙で初当選。国土、大蔵各政務次官、衆院建設常任委員長、自民党行政調査会副会長、党副幹事長(4期)などを歴任。
89年党政治改革本部企画委員長、93年衆議院国会等の移転に関する特別委員長、96年党財務委員長、衆院大蔵委員会筆頭理事に就任。現在、党政務調査会総括副会長、司法制度特別調査会会長、定期借家権等に関する特別調査会会長など。鹿児島県1区、当選8回。
リクルート事件により自民党に対する批判が強まる中、党政治改革委員会(後藤田正晴会長)の主要メンバーとして、政治改革を推進する『政治改革大綱』(89年5月)を起草、現在の画期的な拡大連座制を自ら起案し「選挙腐敗防止法」を議員立法により成立させた。
住宅金融専門会社(住専)処理対策では、与党の法的責任等検討プロジェクトチーム座長として、議員立法で不良債権などの的確・迅速な回収を行うための民事執行法改正(96年6月)などを行った。また、与党の商法改正等に関するプロジェクトチーム座長として、議員立法で商法改正(97年5月)を行い、ストックオプション等の制度の導入などを実現した。
大転換期に立つ司法
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法務・検察を含めた司法の現状、制度や運用を含めて、どう認識していますか?また改革の方向性についてはどうですか?
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日本の法秩序、治安は優れているとよくいわれるように、日本は安全な社会だとされている。確かに民族の一体感があるし、みんなで力を合わせて『和』の精神を大事にしてということで、争いや問題は話し合いで、結果に重点を置いて秩序を守ってきた。また、日本の司法の伝統は、民事・刑事の裁判制度にしても、警察や検察の体制・秩序にしても、かなり高い水準と安定感をもっている。
しかし、時代の進展や変化に即して司法が国民のために、どうあるべきかということをもっと積極的に考えて対応していけばよかったが、圧倒的に事件が増えているのに裁判官や検察官の数は増えない。弁護士の数も欧米にくらべれば圧倒的に少ない。一方で国際化はどんどん進んで、グローバルな経済や社会、文化等あらゆる面での広がりも出てきている。しかもこのところ急速に起こった変化に、あまりにもスピードが速いために、置いてきぼりを食い始めているという観が深い。
人類の歴史上時代を画する農業革命、産業革命に次ぐ情報化革命による新しい時代の大転換期が始まっていて、それは20世紀後半のイデオロギーの対立に象徴される東西の冷戦構造を崩壊させて、自由と民主主義と市場原理という1つに連なる理想の下に、地球が1つに包まれる壮大な歴史を創り出した。従って、世界中のいろいろな国々は発展段階に違いもあるし、まだ一世代、二世代では足並みがそろうという状況では必ずしもないが、間違いなく、50年位もたつと、世界が1つの特色で包まれる。それは自由、闊達な人類の大競争時代ということになるが、同時にルールと自分の責任というのを明確にしなければならない。そしてみんなで知恵を出しあい共生し、なかよく幸せを求めて地球に和を広げ存在していかなければならない。次の世代はルールと自己責任を世界が共有するという時代だ。
従って、日本的『和』の精神はこれからも大切だが、今までのようにルールは建前で結果が正しければよいという結果主義、集団主義はだめで、これからは一人ひとりが自分の責任を感じ、ルールを大切にする。結果が正しいことも大事だが、プロセスが正しく信頼されるということもとっても大事だし、国際化に伴う調和を考えていかなければならない。その過程で、新しい時代の波をかぶって非常に苦しむ、大変苦労する時代があると思うが、次の時代の世界や日本を意識した国づくり、国づくりの理想、目標というものをはっきりさせて、それに向かって古いものを超えて新しいものをつくり出す、産みの苦しみを乗り越えなければならない。そういうときは理念や目標が明確にイメージされ、向かうべきところの姿をはっきりさせていかないと、混乱してへこたれて、そこからつぶされていく。しかしその逆に、その苦しさは、今日のすばらしい結果の陣痛だったといえる歴史を、今日本は求めなければならないと思う。
戦後50年だが、その6倍は続いたサムライの時代、江戸時代には、お奉公さんが司法のことをやり、いろいろな問題をさばいていた。近代国家の裁判制度、司法制度を作る時代に、わが薩摩は生麦事件を起こし、幕府がそれに対処能力がなかったために直接攻められて、錦江湾の桜島の目の前で薩英戦争をやった。そのことに教訓を得て、イギリス、ヨーロッパ、アメリカなどに、薩摩は藩の師弟を留学生として、密かに渡航させた。森有礼とか五代友厚、東郷平八郎など、明治を担った人たちが、少年時代、若いころに留学した知識と情報や、維新後に政府の視察団として見聞きしたことが今日の日本をつくっていったように、現在、日本も世界に起こっている劇的な変化をしっかり受け止めて新しい国を創らなければならない。古いものから新しいものに切り替える大変な産みの苦しみを、日本の司法界もあえて甘受する覚悟が必要だ。それだけではなく国民の支持と理解の下に、国民全体に意識改革を広げて新しい時代の司法をつくり上げていかなければならない。
行政が事前チェックから事後チェックに移っていく、そうしたら社会の秩序というものは、従来もそうだが、これからはもっと司法の担うところになると思う。制度は今日制度を変えたからといって明日からころっと新しい社会が生まれるわけではないので、司法の大改革はもう遅きに失している。それはほかの分野でもいえる。それは成熟社会を急激な変化に対応してつくっていくことの難しさに挑戦しなければ明日の日本はない。そういう意味で、私は大転換期に立つ新しい21世紀の司法の在り方を、明治維新のときや戦後のときに求めたと同じように求めるときだと思う。
根本的な司法改革を
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いろいろな国民の期待とか要求に応えるのに、司法の現状では不十分だということですか?
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そうですね。まあひとついえば、最近は借地借家の問題、消費者がものを購入したときのものの欠陥の問題、有害物質が生活を脅かしたときの救済など。自分の人生や生活や仕事を取り巻く環境に色々な問題が生じてくる。そこには道筋、道義というか、それがいきわたった社会というものが、これからの日本が住みやすい魅力のある尊敬される国になっていくために、基本的に必要だ。道義国家、道筋の通る国というのか、ルールや自分の責任が明確になっている国。
そういう意味では、教育改革というものが今非常に大事だ。教育改革は新しい国をつくっていくときにはそれと裏腹の問題で、新しい国の理想や目標を担う国民はどうあるべきかということを求めるわけだが、その教育改革、初等・中等教育の中に、司法の重要性や役割を世界に広がる新しい時代に乗り出していく日本の必要な基本的インフラとして、教育の段階から十分教えて意識改革を始める。そういう広がりをもった司法改革、根本的な司法改革でなければならないと思う。
その意味ではロースクール、司法修習生の在り方、法曹養成の在り方を、700
人から1000人にとか、1000人から1500人とかやっているが、もっと根本的には大学や大学院の法律教育を含めて、法曹の養成全体を幅広く検討しなければならないと思う。
私は法律家を社会が求めていると思う。企業における法務部に法律に詳しい人が必要だし、ただ法律に詳しい人だけではなく社会や経済の実態や企業活動も知っている国際的な知識もある人材。要するに裁判のための技術を知っている弁護士だけではなくて、リーガルマインド、ルールによる経済のあり方というものをよく知っている人が必要だ。弁護士の周辺の職種があるが、司法書士、公認会計士、税理士、弁理士とかの広がりの中で、もっともっと司法というものを考えて、弁護士の在り方も考えなければならないと思う。法曹養成の在り方もその中で考えなければならない。
私は裁判官にしても検事にしても、一定期間弁護士の実務をやらせてから任官させるという方法も大切だし、国会議員とか、いろいろな法律関係の職種に長く勤めていた人には法制資格を与えてもいいと思う。国民が普通の生活をするうえでも経済活動をするうえでも、外国に出掛けていって仕事や交流をするうえでも、法律家の相談、法律的素養のある人を身近において相談をしながらやっていくということ、その必要性はますます多くなっていくと思う。
国家基盤としての司法インフラ
日本の裁判そのものをみても、日本に来たら裁判は10年も20年もかかる。判決をもらってから競売するのに2、3年もかかるというのでは、外国から『投資をしたり、取引をしようと思って東京ビッグバンに乗り込んできたら、いったん問題が起こったら解決する手段がないに等しい。こんなところで商売ができるか』ということになる。
彼らはわれわれと違って話し合いや結果以上にプロセスを大事にし、ルールや契約があるからこそそれを信頼して社会をつくったり国家をつくったりしてきた伝統のある国だから、司法インフラのないビックバン(金融大改革)なんていうのは地獄だとなる。地獄で商売ができるかというようなことになってしまう。新しい発展をするアジア、日本周辺のアジアの経済圏が拡大する中で、白地に絵を描くことができるこれらの地域は、紛争解決のインフラをどんどん整備している。いい例が仲裁センターだ。香港やシンガポール、オーストラリアでいいものができて、国際的な紛争は仲裁契約に基づいて、そこの仲裁センターに持ち込み、一気に解決するというスピードが求められている。
日本にはそういう意味での仲裁センターの充実がほとんどないに等しい。そういうふうに日本は外国からみたら司法インフラのない国だと思われてしまう。これから自由と民主主義と市場原理という闊達に競争し工夫し競い合う。その中に地球の未来やそのためのエネルギーが求められるという時代に突入していくのに、ルールの実行できない、保証・担保するインフラのない国だという印象を与える。あっという間にパッシング・ナッシングという事態になっていく可能性がある。
世のなかの進歩の早さを考えて、そういうことに危機感をもつ政治でなくてはいけない。そして、それと司法関係者が連携し、国民が理解をしてくれないと明日の日本はない。重要な基本的なインフラについて、21世紀の国家の存立にかかわる基本的なインフラについてこれが欠落しているのではないかという危機感から、今年6月に自民党の中に司法制度特別調査会というのをつくった。というのはこの1月、通常国会の冒頭で山崎政調会長に司法改革の必要性を橋本総理に質問してもらった。国会改革、政治改革、行政改革という改革が七転八倒して新しい時代に対応しようとして模索し、苦しんでいる中で、司法が十年かかる裁判を3、2年でやる方法はないか。2、3年かかる競売を数カ月でやる方法はないかという改革に向かう必要はないのか。大転換期に新しい時代に乗り出して行く備えを怠っているのではないかという趣旨で、裁判官の不足や検事の不足とかを指摘した。今年は憲法施行50年でもあるし、時代の節目だから大いにそういうことをやろうじゃないかということを提案し、先程話した「特別調査会」が生まれた。
それを受けて、私も予算委員会で短時間だったが質問した。総理はそのときに『保岡さんの意見は分かるけれど、訴訟社会になってはいけない』と答弁した。当然のご発言だったが、一般の国民も普通はそう思うのではないか。裁判官の数を増やせ、検事の数を増やせといったので、どんどん取り締まって警察国家、司法国家や訴訟国家、何でも訴訟で解決するぎすぎすした国を目指すのかという印象で受け止めるのだけれど本当は全然違う。そこを国民にしっかり説明をして、真の司法改革の意味をよく理解して支えていただかなければいけない。
だから行政改革会議で、佐藤幸治・京大教授(行政改革会議主査)は中間答申の一行ほどに、『行政改革の次は司法改革に臨まなければ日本の明日はない』という趣旨をちりばめてくれた。最終答申では、最大限それを書いて、行政改革の次に司法改革が政府の中心課題になってくると思う。
あれは昭和30年代だったか、臨時司法制度調査会、臨司というのができた。あのときもいろいろな分野の人が入って、将来の日本の裁判、司法の在り方を求めた。ああいうものを今度、行政改革会議の次につくらなければいけない。そしてわが党が先にスタートさせた司法制度特別調査会と呼応して、いま言った大きな司法改革、次代を担う画期的な新しい日本の司法というイメージを考えなくてはならない。
だから裁判官の増員とか検察官の増員は、裁判所が今やっている程度の延長線上にはない。司法修習生を七百人から1000人とか、1500人をどうするかといって、たった1000人に増やすことすら4年半の改革協(法制養成制度等改革協議会)の検討とか、1年半もかかって三者協議とかをする。そんなテンポやレベルの延長線上に真の司法改革はないし、明日の日本もありません。
臨時司法制度調査会=62年9月、同設置法により、内閣に臨時司法制度調査会が設置された。我妻栄会長の下に、その後2年間にわたり活躍した。法曹三者のみならず、衆参両院議員、学識経験者を含め、合計20人の委員で構成された。
臨司の設置目的は、「調査会は司法制度の運営の適正を確保するため、主として(1)法曹一元の制度に関する事項(2)裁判官及び検察官の任用制度及び給与制度に関する事項・に関する緊急に必要な基本的かつ総合的な施策について調査審議する」とされた。
64年8月池田勇人首相へ提出された意見書では、法曹一元について「ひとつの望ましい制度だが、制度実現の基盤となる諸条件は整備されていない。法曹一元の長所を念頭に置きながら現行制度の改善を図るとともに、基盤の培養に十分の考慮を払うべきだ」などと指摘した。
定期借家権の創設
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その特別調査会でこれから考えていく基本的理念や計画は具体的にはどういうことですか?
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まず、次代の担い得る新しい司法というものを考えれば、司法の人的なインフラ整備、当然のことながら裁判官と検察官の大幅な増員だ。それから政府にもたくさん法律家が必要とされる。例えば法務省の民事局などは大変だ。民法だってまだ総則財産法はカタカナだ。昔からいろんな改正を積み上げてそれなりの法体系にはなっているが、これをひらがなで分かりやすくひとつのまとまった法律に変える。民事訴訟法は17年かかってやっと改正され、昨年一応の完結をし、口語体に変わった。だが商法などこれだけ国際化が進んですさまじい社会経済の変化があるのに、まだいまだにカタカナの法律だ。いろんな法改正が目白押しで、いま、定期借家権の検討もしている。平成4年からスタートした限定された定期借地権、家の期限付き賃貸借などの改正が終わったばかりだが、今政府の規制緩和の1つとして定期借家という新規に契約の終了時期を自由に合意出来る家の賃貸借契約を認めようということを検討している。これだってかなり時間をかけて研究会(「借地借家等に関する研究会」=95年6月法務省民事局に設置)で研究している。この先、更にまた1年くらい法制審の検討にかかるということで、なかなかできない。民事局にやらせておくと、あれもこれもと押し寄せる法改正の時代の変化のためにやらなければならないが、この専門家集団は人が少なくて殺されてしまうと悲鳴をあげる状態だ。それを大変なことだが、スタッフのいない政治が引き取って、定期借家権みたいなものを半年で議員立法でやると答弁しなければならない。その調整、いろいろな関係者のヒアリング、これはものすごい労力がかかる。役所には専門家がおり、それに法制審まで付いているという行政の組織だか、社会のスピードと変化についてゆけない。だから、時代の変化に、国民のニーズに対応するためにあえて議員立法で的確、迅速にやらなければいけない。
定期借家権のようなものは法務省の民事局だけでは判断できない。賃貸市場が正当事由があるために生まれないが、これを国の経済や住宅政策としてどう考えるかということは、法的な技術による利害関係の調整ということだけでは決してない。いったん貸したら裁判所が、「正当事由あり」と、判断しないと返してもらえないから、経済予測がつかない。契約後に借り主が経済的にヒーヒーいっていたら、貸主とどっちがかわいそうかで決まったりするから、そういうリスクを全部家主が負担しなければならない。こんなことでは投資が起こったり、いい家を作って貸そうという市場が生まれるはずがない。
しかし市場はもうかるところはないか、ニーズに対応してペイできるところはないかと必死に追い求めている。多様なサービス、良質で廉価のサービスを競い合って実現していくという動きになる。だからそういう賃貸市場がないというのは、時代遅れもいいとこだ。これなどは地代家賃統制令といって、これから戦争をやっていこうというときに物価家賃統制をかけた。それを脱法するために家主が更新拒絶をする。その弊害を除去するために、脱法させないために正当事由がなければ、裁判所がそう判断しなければ追い出してはいけないという昭和16年の戦時立法だ。
それが住宅事情の悪いときは功を奏したかも知れないが、いまのように圧倒的な経済力、世界に冠たる住宅供給力をもち、そしてさまざまな住宅のニーズが国民の中に生まれて、1200兆の個人資産もある。本当にいい、安い、便利な住居があれば、こっちを選んだら次はこっち、と選び変えるという選択肢があってもよいのに、今は庭付きの家などファミリー向けの良質な住宅に住むライフスタイルは持ち家だけだ。いったん買ったらなかなか買い替えるわけにもいかず、貸すわけにもいかず、良質な住宅の賃貸市場がないのはとても不便だ。なぜそうなっているかということをよく考えなければならない。
いまは住宅弱者ではなく、企業の経済活動や住居の安定を裁判所が管理する国家管理だ。単なる住宅弱者を保護するだけでなく、住居の安定そのものも国家管理している。正当事由をなくしたら、世の中どう変化するだろうと、法律家だけで考えても分からない。これは日本の経済全体からみてどうあるべきかとか、建設市場にどういう影響があるかとか、賃貸市場を設けることによってどう見えざる手が働いていまの日本の生活向上、消費者の生活の向上につながるとか、そんな判断を民事局の法律家や民法部会だけで結論を出そうと思ってもできない。できないことを頼んでやってもらうからおかしなことになってくるので、政治が総合的に判断して枠組みを考え、方向性を与えてその後に技術的に役人にいろいろ制度の検討をしてほしいというようにしなければならないと思う。
定期借家権=97年10月、自民党の定期借家権等に関する特別調査会長(保岡興治会長)が示した基本的枠組みでは、「土地・住宅政策や広く経済的な観点から、正当事由の規制による弊害を解消し、低廉で良質かつ多様な住宅サービスの提供の促進等、経済活性化へのインセンティブとして定期借家権を導入する。住宅弱者保護等の問題については、十分に検討し的確な措置を講ずる」などとしている。内容は(1)定期借家は当事者が合意する限り完全に自由な契約とする(2)新規契約に限り導入、既存の契約には適用しない。(3)新規契約についても、定期借家に加えて正当事由により保護される従来型の契約も可能とする・など。
調査会は、制度導入を要望している不動産協会など建設関係団体だけでなく、導入反対の全国借地借家人組合連合会や日弁連などからのヒアリングを実施、予定している。98年の通常国会へ、議員立法として借地借家法改正案の提出を準備している。
必要な議員立法
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従来の法制審中心の手法では限界があるということですか?
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民法改正や商法改正にしても、法律専門的・技術的な検討よりも、社会のニーズはどうあるべきか、世界はどう変わるのか、世界との日本の経済はどう変化していくのか、日本の社会はグローバル社会の中でこれから21世紀にどういう生活や様式になっていくのだろうか。国民生活はどう変容を遂げていくのだろうかというのを頭において、政策判断をする政治が必要です。改正の方向や時期を政治が決めたら、技術的な点で考えるべきところは法律専門家の人々の知恵を求めて検討し、技術的ではなく政策だと思えば政治家に決めてくれと投げ返す。そういうキャッチボールで、社会・国民・時代のニーズを受け止める政治と法改正の専門技術とが、連携していく方法でなくてはならない。
大御所が集まっている法制審で何年もかけてそこで案を練るという手法、意見が違うから存在する意味があるという学者の方たちに、急激な社会の変化とその予測と法技術的な調整をして、答えをもってきてくれなんていうことをやっていては、日本は役所の限界を超えて沈没する国になってしまう。
これはあらゆる分野についていえる。教育や農業だってひとつの省庁で解決できない。歴史や自然や伝統は田舎にあるのだ、日本らしさを守ることは必要ないのか、競争社会の合理化・効率化を求めていくが、一方そういう日本のよさはどう守るのかというテーマを調和させなければいけない。それだって非常に難しいテーマなのにそんなものは農林水産省や、中小企業庁だけにできるだろうか。環境を守るのは環境庁だけでできるだろうか。総合的な価値観を政治家が方向づけて、いろんな技術的な専門家を各省から集めて調整して答えを求めていく。そういうものをやろうとしたら議員立法がとても有効である。方向性を定め、基本的な絵は、具体的に描き調整をするところまでは議員が考えなければならない。
アメリカでは議員に3億円を議員スタッフ費用として与えて、弁護士や法律家みたいな資格がある人が7、8人ついている。30数人は補助スタッフとして、40人もスタッフがいる。いろんなテーマをばんばん与えて、議員はアイディアや考え方や方向性だけ示して、どんどん絵を描くという形にしないといけない。議員立法をしたくても、私1人や私のところにいる1人の政策スタッフではとても大変だ。
日本では、一般的に秘書の役割は、国会議員の「生命維持装置」という状況で、政策スタッフはほとんどいないくらいで、みんな役所に頼って、注文するだけだ。役所にしか情報も技術者もいないというのではこれからの日本は大変だ。これからは法律スタッフが政治家に必要だ。政治家に法律スタッフをもっともっと充実すべきである。アメリカでは議員立法の国だから自然にそうなっている。日本は官僚中心だったから、方向のはっきりしている時代は効率がよくてアメリカを追い越して行った。だけどいまのような変化の激しい時代は、逆にアメリカにどんどんアイディアや構想、時代の変化を先取りされて、日本は役所の限界を超えており、沈没する国になりかねない。
特別調査会の構想
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その意味でも法曹人口の拡大は重要だということですね。
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アメリカに比べて政治家に法律専門家等のスタッフがいない。この日米の差はこれからの歴史に大きな影響を与えると思う。法曹は政治家にも供給しなければならない。法務省にも供給しなければならないし、他の役所にも供給しなければならない。いまのような数のスタッフではとても時代を乗り切れない。そういう政治や政府の法律家の必要性、企業の法務、こういったニーズにどう法律家を張り付けていくか。供給していくかということを考えなければならない。そういう意味で法曹教育の在り方、法曹養成の見直し、これは大学教育との関係だ。ロースクール方式の導入、いろいろな提案がある。こういうことをいろいろ検討していく。
それから法曹資格取得制度の検討というのは国会議員からとか、もっと広く、簡裁の判事には弁護士資格を与えてもいいのではないかとか。法曹の一元化というのなら、象牙に塔にいきなり入って若い頃から世間のことは何も知らない。こんな変化の激しいときだから、2、3年は世の中を経験し、知っててもらわないと困る。何年かは弁護士の仕事をしてもらって、その弁護士の中から検事や裁判官を採用する。2、3年というのは決して無駄にはならない。そのためにはもっと幅広く裁判官も供給する方法を考える必要がある。法曹三者の交流も改善すべきことはいろいろある。弁護士の在り方、事務所の在り方、相談窓口の在り方、あるいは地域でもっと万遍なく弁護士を配置するためにはどうしたらいいか、巡回制度とかいろいろなこともあるだろう。
それから何よりも日本は法律扶助制度が不十分で、たった25000
万円程度で非常に少ない。イギリスなどは、1850億あるし、アメリカも460
億円、フランス、ドイツも200
億、韓国も14億ある。庶民が民事訴訟をやりたくても、お金のない人、困っている人やとりあえず都合のつかない人には法律扶助を与える。それだけではなく、被疑者国選弁護も重要な法律扶助の刑事版だ。これなんかも予算ゼロだからこれをどうやって構築するか。そういうものは国民のニーズ、国民の理解、広がりに乗せていかないと、予算もたったの2億円余りと1800億円との差をどう埋めるかということは大変な話だ。
だが裁判所の予算はたった3100億円、全予算の0.42%だ。だからちょっと数百億円、裁判官も500
人増やしても付帯インフラまで含めて500 億円で済む。500
人を1年で増やせるわけではないから。検事が約1200人だから、そんなオーダーを倍増してみたところで、そんなに金のかかる話ではない。国鉄債務が1年間で8000億円とか、今度の景気政策の政策減税が3000億円の中で、むだを省いてそこから財源を捻出してなどというオーダーと比べるとわずかな金で済むのだから。思い切って21世紀の司法の予算を充実する方向づけ、こういうことが必要だ。
そのためには予算要求で頑張らなければならない。司法予算はこの6月に閣議で決めた財政構造改革の基本方針の中では、『その他の経費』の中に入れられている。いろいろハブ空港は充実しろとか、中心市街地再活性化の予算は少し強化しようとか、それも何千億の単位でいろいろ触れている。ところが司法改革の予算はその他の経費という中に入れられて、いま言った大きな新しい時代の司法をどうやってつくっていくかという必要性は一言もふれられていない。かえりみられることなくその他の経費に埋没しているわけだ。これを自民党の特別調査会と政府がこの先、行政改革会議の後にかつての司法臨司みたいな、歴史をかけた新しい日本のニーズに応えるしっかりした司法を検討する機関をつくっていく。党と政府が呼応してその他の経費に入っている司法予算の方向をどこかでひっくり返して、司法に関する経費のあり方について改めて閣議決定をしていただく。このことはとても重大なことであると思う。
来年の予算編成に向けて、特別調査会ではこの11月の中頃までにグランドデザインを描いて、司法の抜本改革の方向性だけははっきりさせる。いま言った認識を明確にして、大きな司法、新しい司法、時代を画する司法、その改革はどうあるべきか、抜本的に考え直そうという基本だけを示して検討項目を並べる。そしてそれを2つか3つの分科会に分けて、来年の4月まで分科会で集中的に討議し、それとともに政府の機関が発足して、それに呼応してそれなりの検討がなされる中で司法改革関連の閣議決定みたいなものをやり、財政構造改革会議の基本方針に司法予算を新たに位置づけるような決定をやってもらうということを考えている。
司法の制度的なインフラでは、法律扶助制度、被疑者弁護、関連施設の充実促進、準司法これはSEC(証券取引等監視委員会)とか公取委とか、経済裁判所みたいなところの充実は必要だ。それから仲裁センター、アジア諸国への法整備の支援の強化とかをやる。裁判の迅速化は最も基本的な大きなことだから、最高裁判事の国民審査のあり方とか、最高裁や法務省の予算のあり方。最高裁は財政法で特別な権限を与えられているのに一回も行使していない。あの明治維新のときに外国へ行った森有礼、五代友厚、大久保利道がサムライの国から植民地化されない近代国家日本を作るためにはこうでなくてはいけないという必死の認識があったからこそ、行動があり、エネルギーがあり、国づくりができた。だが、現在、歴史の大転換期に立って、本当に21世紀の日本の国家建設のために司法の思い切った改革が必要だという強い意識、そういう意識が今の最高裁や法務省の官僚、政府の首脳や政治家にあるだろうか。その強い信念があれば必ず実現していくものだと確信するので、それをこの1年で方向付けていきたい。
また国会付帯決議で三者協議を尊重しろとなっているが、こんな大きな司法改革の方向付けは三者協議だけではできないということを改めて強調し、自覚を促していきたいと思う。しかし決して三者協議を無視するということではない。専門家の集団のご意見は尊重するけれど、その当事者の担っている使命や広がりは全国民のためのものであり、新しい時代の基本的な枠組みという重大な国家を支える柱なんだから。三者だけで長時間かけてやっていても困るということをいっているのです。
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新しい臨司構想、この実現の可能性はどうなのですか?
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絶対にやらなければならない。先程お話し申し上げた佐藤教授が、今度の行革会議の11月末の最終答申の中に、今度の答申の範囲を超えるものだが、次なる司法インフラの思い切った改革・充実についての国家的な取り組みが必要だということをできるだけ入れるという。それをつないでいかねばならない。また総理にも次なる大きな改革という認識をもっていただき、どこかでこれを起こしてもらいたい。6つ目の改革で教育改革が立ち上がっていますが、教育改革は司法と同じように極めてベーシックな改革ですから、教育改革もやがて更に大きな柱になっていくと思う。政治の最大のテーマである新しい国家を担う国民の教育は、司法改革と理念と目標が共通する。司法も他の改革と同じように俎上に載せ、国策の中心においていかなければいけないと思う。そういう基礎的な、ベーシックな改革なんです。
法曹養成を広く
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法曹一元の問題というか、先の司法修習終了後に一定期間の弁護士実務を経験するというのは日弁連の提案する『研修弁護士制度』と同じことですか?
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それも大いに結構だと思う。弁護士会が考えているよりももう少し広く法曹養成をする。法廷中心主義の法曹養成ではなく。裁判技術や裁判の手続きにある程度の専門的な知識が必要だが、裁判の手続きの中だけで活躍する法曹だけではなく、広くこれからの社会の、国民のニーズに応える法律家が必要であるし、政治家も、アイディアや考え方をもってリーダーシップを発揮し、みんなの意見を集約して方向づけようと思っても、具体化するためのスタッフがいなければアイディアで終わってしまう。また、10年も20年もかかる裁判を数年でやれる、2、3年かかる競売を数カ月でやれる改革をどうしたらいいのか。
最高裁の裁判官に調査官がいるみたいに、裁判官にいろいろなスタッフをつける。そして自由に専門的な意見や技術的なところはこういう方針で、こういう視点で論理的に書けとスタッフに渡して起案させる。この点については専門的に聞いておかねばならないとなれば法廷を開いていろいろ聞く。もちろんその意味をしっかり分かるために、鑑定したりすることも大事だが、自分の個人的な知識不足を法廷で補うのではなく、自分でも勉強してもらって、自分の専門的な知識を補う。あるいは多種多様な専門的意見を整理して、きちっとコンピューターで管理してぱっと上げるとか、文献がぱっと上がってくるとかいう補助態勢を、人的・物的・施設的にももっと充実しないといけない。10年、20年かかる裁判を数年でやるとすると、そういう根本的な裁判スタッフの在り方も考えなければならない。検事についてもそうだ。
それから法務省の民事局や刑事局みたいな政府の法律家も、政治家のスタッフもそうです。やはり国会議員にアメリカのような7、8人の法律スタッフは必要だ。時代を変革するときは制度を変えなければいけない。いろいろなものに対応するのに、法律家がもっといなくてはね。
組織犯罪対策
刑事法の整備、組織犯罪対策法が必要だ。オウムとか、暴力団と外国のマフィアみたいなものに絡んだ集団密航の「蛇頭」とか。今度の総会屋などいろいろな組織的な犯罪について非常に危機感をもった。バブルの地上げなどですさまじいばかりに狂った日本経済。その地上げのときに暴力団がからんで陰の勢力が巨利を占めた。そして今度は不良債権の山が築かれ、それに巣くって占拠したり、それに関連して食い込んできて、大変なお金を稼いだ。土地代なんて金額が大きいから、例えば100
兆円の不良債権があるとかいわれる。公の発表だけでも30数兆の不良債権、住専だけでも十数兆の不良債権がある。そういうオーダーの不良債権に全部食い込んだら、そこから1%や2%利益を上げたって相当な金額だ。
そうした資金力を背景にマネーロンダリング(資金洗浄)し、それを裏の経済活動にアウトローがいろいろ圧力をかけたり、ルールを無視しておどしたり、外国マフィアと結んだり。日本という国は立派な法治国家だったのがおかしくなっていく。そういうきっかけは防げるものなら未然に防がなければならない。そのような事犯は、暴力とかちょっとした脅しや恐喝で、第一線の手先を上げていても仕方ない。幹部に迫るような捜査をきちっとしなければならない。
そういうような捜査は武器がなければできない。精神でがんばれといってもできっこないのだから、武器を与えなければ。そのためには司法取引とか通信傍受とかを考えないと、社会がおかしくなる。しかも経済事犯だってあれだけ捜索をかけて、段ボールに何箱も車に積む姿がテレビに映っているけれど、書類の山に数人の検事がうずもれて半年、1年もかかって必死になって組み立てて、やっと起訴ができる。こういう事犯がたくさん起きていて、本当に法律専門家、分析能力があり世の中が分かってポイントの正確な能力のある人たちが当たらないと大変だ。
こういう犯罪が世界に広がり迷惑をかけないようにしなければならない。発展するアジア経済の中でお互いにいい経済関係で協力し合うのはよいが、裏の経済も協力しあって拡大していく日本が、信頼を失うということがないようにしなければならない。歴史と伝統のある日本のいい法秩序は世界の模範なんだから。
それを労働組合や個人のプライベートの生活にまで関与してくるのではないかといって混同しているひともいる。そのような心配する事態がないよう歯止めはきちっとかけなければいけないが、武器をもたせるということを考えないと、そういう組織的な犯罪は防げない。今度の組織的な犯罪の関連法案整備は、日本が信頼される法秩序のよい国として生き残っていくために、人的にも制度的にも充実が必要だ。立派な尊敬される魅力ある国になるために必要だ。それを変に取り締まり国家、警察国家、訴訟国家になるからいやだというので、盗聴とか司法取引とかいやらしい制度は、日本の善良な風俗を害するとかいう。そんなお嬢様みたいなことをいっても仕方がない。
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最後に21世紀における法律家の果たすべき役割、期待される法律家はどんなイメージですか?
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総理や党も豊かな人間性、そして日本人が尊敬される国民にならなければいけないといっている。自民党の山崎政調会長が今年の通常国会で冒頭に質問したときに、道義性の高いルールを守る、そして節度のある、しかも指導者たるものがノブレスオブリジェ、つまり高貴なものはそれだけ責任が重いという騎士道が大事だ。指導者たるものはしっかりしたルール、正義、道筋を他の模範たる気概と誇りをもってやらなければいけない。そういう国にしないと道義が薄れる。ルールを軽んずる国にどうして明日があるかと言ったけれど、明日の日本を担うという気概、そういう意味でのリーガルマインドが大切だ。司法の理念、目標をしっかり認識した法曹、それを支え理解する国民の教育というものが必要ですね。
【後記】
自民党の司法制度特別調査会は、今年6月に発足以来、経済人や学者などからのヒアリングを続けてきた。保岡氏の司法・法務の現状認識はそうした指摘を十分に踏まえてのものと思われる。特別調査会の設立趣意「透明なルールと自己責任の社会をめざして」においても、同様の見解が示されている。つまり規制緩和や行政改革により、司法の役割はいままで以上に重要性を増し、「21世紀の日本が国際社会で信頼され発展していくためには必要不可欠な国家・社会の基本的インフラ」であり、その体制整備が必要だという認識である。
橋本内閣が掲げる六大改革の次は司法改革をやらなければならない。「国策の中心に」との位置づけである。新しい臨司構想は、94年6月に経済同友会の現代日本社会を考える委員会(委員長・宮内義彦オリックス社長)の提唱した「司法改革推進審議会」構想に近いもののようである。司法インフラの基盤整備・充実については、日弁連などもかねて主張してきたところであり、かつ法曹一元に近いものを考えている点も重要なところだ。
司法の消極主義の真の原因は何であり、どこにあるのか。消極主義の原因のひとつに、明治維新時のような「国家のために必要だ」という強い認識が最高裁・法務省に欠落していると指摘する。だがそれをどう改革していくのか方法は難しく、重いようにも思われる。特別調査会の真価が試されるときである。
(聞き手 共同通信社政治部 渡邉文幸)
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