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元木昌彦の『メディアを考える旅』インタビュー(月刊ビジネス情報誌「エルネオス」平成17年3月号掲載)

このページは、「主権者である国民が主語となる憲法改正論議が本当にできているか」というテーマで、ビジネス情報誌「エルネオス」に掲載された元木昌彦氏によるインタビューを転載しました。


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◆もとき まさひこ
  「週刊現代」や「フライデー」の編集長として権力批判の誌面づくりを貫いた。
  最近はメディア規制の動きに反対の論陣を張る。現在は講談社関連会社・三推社専務取締役。
  上智・法政両大学講師。「編集者の学校」(http://www.henshusha.com/)。

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■「憲法改正」と「護憲」の代表者とともに、憲法改正の論点を整理する
元木>保岡さんが中心になってまとめられた憲法改正のための「素案」は、
   中谷さんの問題や参議院の反発で差し戻しになりました。
   もう少し、じっくり練ってから出してもよかったのではないですか?
保岡>そのほうが無難だったでしょうね。しかし、参議院は衆議院のカーボンコピーじゃいけない。
   この際、大胆に衆議院と参議院の役割を見直す必要があるというのは国民大多数の意見でもあります。
   今は、政治が大胆に政策を決定して迅速に展開することが歴史的に求められていますが、
   議論するのにも、ある程度、具体案を示されないと、関心が湧かない。
   だから僕は、この一年間、党で論議したり、国会の憲法調査会でテーマとなったものについて、
   前文のように理念に落とすところと、条文に落とすところ、基本法で決めるべきこと、
   それらを一体的に議論していくために、網羅的な、ある深さももったものを具体的な素材として提供して
   それをスタートに議論しようとしたんです。
   落とし所を探るという段階でもないので、根回しなんていう必要は初めからなかった。
   それが改正案のようなものだと報じられてしまったから、自民党の幹部たちに、
   もうそこまで進んでいるのか、自分は知らなかったという思いが走った。
   結果的には全党的態勢で憲法改正をやろうという新たな動きにつながったので、
   効果がありすぎたかな(笑い)。
元木>一種のショック療法だったわけですね。
   今度、森さんが委員長になった新憲法起草委員会は、どういうものになるんですか。
保岡>十いくつかの小委員会に分かれて、そこの小委員長を中心にまとめてきたものを統合し、
   最終的に起草案をオーソライズして小泉(純一郎首相)本部長以下、
   全国会議員がメンバーの新憲法制定推進本部に提出して、
   そこで最終的な決定をしてもらうことになります。
元木>四月にまとめて十一月に草案提出というのですから、時間的に見ても、
   保岡さんたちが今までやってきたものを引き継ぐんでしょうね。
保岡>そのまま引き継ぐとはなっていませんが、多くの党員が一年近く時間をかけて
   公開の場で議論してきたものですから、十二分に参考に足りうる資料として生かされると思います。
   そうして、推進本部という挙党態勢のなかで、いい憲法が生まれることを期待しています。

今、憲法改正が必要なふたつの理由
元木>基本的なことをお聞きしたいのですが、なぜ、今、憲法を改正しなきゃいけないのですか?
保岡>いくつか理由があります。ご存じの通り今の憲法は、
   六十年前に日本が戦争に負けて国家として破綻し、占領軍に占領されていた中で、
   あっという間に、実質的に占領軍によって制定された憲法です。
   しかし、そこで実現された国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という基本理念は、
   当時の国民が渇望しているものとつながったから、その後、
   この憲法は国民のものとして定着してきたのだと思います。
   だけれども、生まれたときの事情から、「自衛」という国家の最高の責任、
   独立と安全を守って平和を守るという、国家にとって最大の責務が一行も入っていません。
   今日の国際情勢の中で、自分の国を自分で守る自衛というシステムを
   どのように管理しなければならないかの規定が憲法という最高法規に欠落しているのは、
   決定的な欠陥です。どこから見ても大きな軍隊と見られるような自衛隊が、
   憲法上、位置づけられてない。これはきわめて不自然、不合理であるし、
   これ以上、解釈で糊塗しながら最高法規の機能を守ろうとしても限界がある。
   これが第一の理由です。
   第二の理由は、基本的人権の部分です。
   人権の保障、個人の尊厳を守るという基本的人権の尊重は非常に良いのです。
   けれど、それが今、世の中の風潮として、あまりにも公というものを軽んじた、
   間違った自分中心主義、経済至上主義、拝金主義、物質中心主義になっています。
   これでは豊かな日本を滅ぼしていきはしないか。
   自分の中に個人の尊厳や人権を守ろうという意識や目的があるのだから、
   他の人のそれも守るべきで、みんなの幸せを入れる良き器を公共、
   それは人間のネットワークのルールかもしれませんが、
   その公共の価値と個人の尊厳の関係を整理して、正しく憲法に表す必要があるのではないかということです。
   平和主義でいえば、自分の国の安全・平和は自分の国の責任で守る。
   それを明確にすることが平和主義の基本でしょう。
   だからといって、国際貢献として国連決議さえあれば、米英みたいに日本が、
   直接戦争を目的とする多国籍軍に参加していくのか?
   人によって違いますから、自民党の見解とはいえませんが、僕自身それはノーだと思っています。
   日本は平和の侵害の予防や、回復プロセスで貢献すべきです。

信頼するものは民主主義以外にない
元木>かつて吉田茂首相が共産党の野坂参三の国会質問に対して、
   「近年の多くの戦争は国家防衛権のために行われたことは顕著な事実であります。
    正当防衛権を認めることが戦争を誘発するのだ」と言っていますが。
保岡>自衛の備えは、あくまでも戦争を起こさせないためであり、
   外交で相手に言うべきことをきっちり主張するための砦としての役割が本来のもので、
   自衛をすぐ侵略に結びつけるのもおかしいと思います。
   また、周辺事態というのは、わが国の安全、独立に重大な脅威が生じようとしている状況をいうわけですが、
   そこで米軍が日本のために戦おうとしているのに、
   「後ろから応援します。そっちが戦ってください」と言うのは筋の通らない話ですよ。
   政府解釈でいうと集団的自衛権ですが、これは本来、自衛なんですよ。
   何も個別とか集団とか分けなくていい。自分の国を守る範囲内の共同行為だったら、
   私は領海内でも領海外であっても、専守防衛の範囲から逸脱しないとみているから、
   そのような限定的な集団的自衛権を認めるのは当然だというところぐらいまでは、
   憲法で認めていいと思います。
   平和回復などのプロセスで外国に人道支援で行っているとき、相手から攻撃されたら、
   それが専守防衛という範囲内だったら、共に任務を行っている国と共同行為も含めて、
   できるという原理を明確にしておかないと、派遣される自衛隊も守れないし、
   世界から相手にされないですよ。
   それに、明治憲法は何年もかけて議論したのに、今の憲法はGHQの民政局の若い人たち数人が
   一週間のやっつけ仕事でつくったから、日本の伝統文化というものがまったく入っていない。
   天皇制も、天皇は日本国民の幸せや日本国の平和と繁栄を願う存在として国民の敬愛の対象として、
   日本の長い歴史の中で象徴的権威として存在してきたことを認めた上で、
   国民主権主義という原理と結び合わせる。日本の姿形を日本の伝統文化に立脚して、
   日本の顔が見える、日本の香りのする憲法にする必要がある。私はそう思っています。
元木>各国の近代憲法のほとんどが、主語は国民ですね。
   しかし、今回の素案も、今の話を聞いていても、上に誰かがいて、国民はこれを守りなさいよ、
   こういうことをやっちゃいけないんだよと、主語がガラッと変わるのではないかと心配になるのですが。
保岡>どの部分にそういう印象を持たれる問題があるのかな。
   それは誤解であり、まったくそんなことを意図してもいません。
元木>主語は国民でいいんですね。
   もう一つ、「素案」には、天皇を元首とするという文言が入っていますね。
   象徴天皇制というのは国民のほとんどが認めていると思います。
   しかし、元首として規定をするというと、国民の全部とはいいませんけど、
   かなりの国民に違和感が出てくると思いますが。
保岡>国民の多くが違和感をもつでしょうか。
   私たちは、いまの天皇陛下は現在でも形式的・儀礼的とはいえ、外交に関し、
   国事行為として元首の行為を行っていると考えています。
   われわれの時代はいいとして、子や孫の代になると天皇制の性格がわかりにくくなるのではないですか。
   そういう意味で、象徴制も明確にし、かつ元首としての立場もはっきりさせたほうがいい。
元木>私個人としては、このままでいいと思いますが、これから多くの議論をしていくべき点でしょうね。
   今回、憲法改正をするとしても、九十六条に定められている、
   全国会議員の三分の二の賛成は大変でしょう。公明党が慎重になってきていますから。
   それをもう少し緩和しようと検討されていると聞きましたが、
   これは本末転倒じゃないかと思いますが、そんなことは可能なんですか?
保岡>改正条項緩和の話は、改正する憲法の中身としてのことでしょう。
   今度の改正そのものは今の憲法の下で行うわけですから、
   国会議員の三分の二の発議と、国民投票の過半数を得なければできません。
   今のルールでやるのは当然です。改正の結果、緩和した条項になれば、
   次からはその条項に基づいて改正ができるようになるということです。
元木>ということでいいんですね。
保岡>もちろん、そうです。本末転倒という以前に法的にも不可能です。
元木>今回は、憲法九条の改正が最大の焦点だろうと思いますが、
   確かに実情に合わなくなってきているところがあることは、私にもわかります。
   ただ、なぜ多くの人が憲法改正に反対するのかというと、
   今まで強引な解釈で憲法をないがしろにしてきてしまったからです。
   周辺事態なんていうワケのわからない言葉まで作って、ついにはイラクに派兵までした。
   今度、憲法を改正してしまえば、徴兵制はしませんよと言っていても、最後はそこへ行くかもしれない。
   失礼ですが、根底には政治不信があると思う。
   「そんなこと言ってたって、いったん改正しちゃえば何をするかわからない」という。
   この不信感に対して、政治家には、もっと説明責任があると思うんです。
保岡>そうですね。だけど、その政治を動かす以外に、この国の道を開くことはできません。
   国民が政治を信頼しなかったり、馬鹿にしたり、批判だけしたりではいけない。
   政治家も、時代が求めている本当の政治を実行せずに、
   それで自分たちの政党を維持しようとしたって、もう無理です。
元木>この「素案」の中に、「知る権利」を入れようというのがありますね。
   同時に、名誉権やプライバシー権、肖像権も入れようとしています。
   一見、良いことに見えますが、「公共の価値」を大きくしていくと、
   言論・表現の自由が狭められる心配がありますが。
保岡>憲法改正は、個人の尊厳や権利を守る入れ物として最もふさわしいものを作るという前提だから、
   権利の調整も必要になります。あるいは、全体の価値、たとえば国家の安全や、
   健全な社会の維持・発展も必要でしょう。
   決して、こっちを大きくしてあっちを犠牲にするというような整理をしてはならない。
   バランスでしょうね。価値観の整理です。
元木>たとえ改正するとしても、曖昧な言い方ではいけないと思います。
   具体的に、徴兵制はしないとか。権力側が後からいくらでも
   解釈できてしまうようなものであってはならないと思います。
保岡>解釈が正反対になるような、あるいは疑義が残るような条文改正ではだめです。
   国民のためと称して、権力者が国民を犠牲にするような、そういう政治を許してはいけない。
   それが民主主義の成熟です。民主主義が機能しているかどうか。
   システムはあっても機能していなければ、間違いが起きる。
   もちろんシステムがなければ、なお間違いが起こりやすいので、
   せめてシステムはきちっとした上で、あとはその運用で、
   そこにいい政治を熟成していかなければなりませんね。
   元木さんが言われた、政治に対する信頼がなければ、どんなに立派な制度でも、
   人が担うものである以上、間違った運用になったら刃物になる。だから最後は、
   国民が政治をいかに熟成させるかが決め手になります。
   民主主義を信頼する以外に、ほかに信頼するものはないわけです。
   政治の名において、民主主義の名において、逸脱した行為を行わないようにどう管理していくか、
   そういう政治をわれわれがどうやって手にするかということです。
   その方法は、最終的には教育を大切にすることにあると、私は思っています。
元木>政治の名を騙ってそういう民主主義への信頼を裏切らせないためにも、
   いい加減な解釈ができないようにするためにも、徴兵制はしないとか、
   そういう文言をはっきりと憲法の中に入れてもらいたいですね。
   どうも、ありがとうございました。