
少年時代は手のつけられないワンパク坊主で、
取っ組み合いのけんかをしては生傷の絶えない毎日だった。
中学では持ち前のバイタリティーを生かし、自ら相撲部を立ち上げ、
ワンパク仲間を集めて練習に打ち込んだ。

麹町中学に転校、日比谷高校を経て、中央大学に進学した。
父の選挙活動の応援で勉強どころではない多忙な大学生活だったが、
卒業の年に司法試験に合格。

その後弁護士となり、父タケヒサについて政治の勉強に励み、
「遅れている地域こそ政治の光を」という政治理念を心に刻んだ。
写真は山中貞則先生の奄美大島視察の案内をしているところ
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